戊辰戦争研究会の掲示板



[2954] 7 農村気質 Name:村上久三郎 2017/09/25(月) 22:15 
 だいぶシリーズが続いた。これで最後にしょう。
私の遠縁のおばさんは103歳。この人から話を聞いた。
お婆さんは1年下の女生徒とよく遊んだ。その女生徒は、自ら志願して従軍看護婦になり、ノモンハンへ出征した。不幸にも、背中から銃弾をあび命を落とした。戦前も、軍国主義的思想を教え、女生徒も感化されたようだ。
 一方、明治生まれの私の母が小学生のころ、軍国主義で女生徒も毎日軍歌を歌わされた。女生徒には「ばかなことを教えている」という人がいた。
明治時代、大日本帝国は、農村の女生徒から「読まれていた」のである。農村の女性を軽く見てはいけません


[2953] 6 農村気質 Name:村上久三郎 2017/09/25(月) 10:00 
「歴史文化で観光を。観光でお金を儲ける」という風土がない。これが最大の問題。
観光の決め手は「食べ物」。「究極の郷土食を目指す」風土がない。「笹」は郷土食に関わってくる。


[2952] 5  農村気質ー「村八分」 Name:村上久三郎 2017/09/23(土) 08:37 
 戊辰戦争と直接関係ない話のシリーズとなりました。
 「村八分」という言葉を知っている人は多い。この「村八分」とは、「ある噂」が村に伝搬することから生まれます。村には「村人(特に、ご婦人たち)が集まる」家があります。そこで話し合うのが「噂」で、瞬く間に「噂」は伝わります。いろいろの噂がありますが、「噂」は「根も葉もない噂」はなく、「常に正確」に伝搬します。暴力に関する「噂」が多いようです。
戊辰戦争後からしばらく、村上には、ある噂が流れました。この噂は官軍にとって非常に具合が悪いものです。これは「裏切り」で、非常に具合の悪い話です。詳しいことは書かないほうがいいでしょう。


[2951] 4 農村気質 Name:村上久三郎 2017/09/21(木) 19:34 
 戊辰戦争で新発田藩は村上藩と戦ったが、戦争後の新発田藩は悲惨でした。
城主ら有力家臣は、私の生家の近くに移住したが、何分、経済的に苦しい。
そこで、あらゆる家財を売った。そのため城主家でも物品が無くなった。

 これから以下は推測であるが、城主家の『ある「紙の物品」が我の生家にある』ようだ。この売買の中間の農家をおとづれたが、この農家の人たちは、過去の経緯を全く知らなかった。
「自分の家の過去を知らない」農民が多い。


[2950] 3  農村気質 Name:村上久三郎 2017/09/20(水) 19:00 
 ある集落に、歴史的に由緒ある「お婆あさん」がいる。接近するのが、非常に難しいらしい。とてつもなく難しいらしい。そこで、このお婆あさんと話したことのある人に「何か、お土産を持ってゆきたいが、何がいいだろうか」と聞いた。そうしたら「天ぷらがよいよ」と言われた。
 来年、てんぷらを買って、このお婆あさんとお話したいと思っている。
お婆さんの誰にも言えない極秘情報も聞けるような気がする。私は「ばば子」なので、「もしかすると・・・」のような気もするが、お婆さんから怒られるか、喜ばれるかであろう。


[2949] 2 農村気質 Name:村上久三郎 2017/09/20(水) 18:50 
 ある集落の「ある家」で、笹が沢山ある家を見ました。
「笹を沢山植えて、おいてください」と言ったら、「いくらでも取って行ってよいよ」と言われました。
 そこで、私は「会津磐梯山には笹があり、小金が成り下がったそうですよ。小原庄助さんが、朝寝・朝酒・朝湯が大好きで、身上をつぶしたそうです。まあ、朝寝朝湯はよいが、朝からどぶろくは飲まないほうが良いね」と言った。

「これ、何の話?」と聞かれる
「笹を植えておくと、お金が儲かりるよ。朝湯、朝寝ができますが、どぶろくは飲まないほうが良いね」と答える私。


[2947] 1 農村気質 Name:村上久三郎 2017/09/20(水) 18:22 
 5月末から9月半ばまで、村上市にある生家に住みました。生家は農村にありますが、
都会の方には農村は、なかなかわかりにくいと思います。
 私の生家の後ろに、田んぼが3反あり、その周りに家が建っており、親戚だらけです。故郷では、分家・本家の関係があり、数百年たっても変わりません。私の生家は分家ですが、分家になったのは400年前です。こうした親族を訪問すると、大変喜ばれ、「農村ならでは」です。
 道を自転車で走っていたら、祖母の生家の横を通りました。そこも空き家になっており、木の葉がゴミとして積んでありましたので、みな捨てました。「祖母の生家の庭掃除」。幸せ感を感じます。


[2946] 会津若松市 Name:伊達 藤五郎 2017/09/17(日) 18:03 
 さる9月12日に日帰りで会津若松市に行ってきました。

目的は会津藩の「會」の旗を調達するためです。

 会津若松駅の売店で小の旗を、飯森山の売店で「大」の旗を購入しました。

会員専用掲示板に投稿しましたので、見てください

写真は、その日に呑んだ会津の居酒屋「麦とろ」の写真です。
 
会津の銘酒「会津娘」がおいしかった。



[2945] お知らせです! Name:事務局 2017/09/14(木) 19:04 
東北支部の戊辰研の会長補佐・学術担当兼務の長尾修さんから、以下、お知らせが届きました。講演会にてご活躍です。
右のポスターのHPはここです。
https://www.town.nishiaizu.fukushima.jp/soshiki/9/4191.html
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私の家の隣町、本町商店街で、10月4日にミニ講座(50名位)が予定されており、町興しに協力したいとの思いで、講師を引き受けました。わが家の祖祖父(長尾為治)号:柳涯と親交があり、拙宅に逗留した竹久夢二、小川芋銭、石井伯亭、横山大観「ほととぎす」の俳人 与謝野晶子、高浜虚子等のエピソードを講演する予定です。(岡山後楽園隣接地の夢二記念館年表にも会津逗留のことが記載されていたように記憶しています。)

※本年、12月3日には、福島県立博物館で、会津民俗学会総会が予定されており、「青木山山麓の歴史と文化 ー南御山遺跡を中心としてー」の演題で、私が講演することになりました。南御山遺跡は、弥生時代中期の遺跡ですが、南御山1式・南御山2式土器は、東北南部弥生土器編年の標識遺跡です。(1式・2式の数字は、ローマ数字)南御山遺跡付近一帯は、会津戊辰戦争時(1868年)、「城南の戦い」主戦場です。戊辰戦争についても触れるつもりです。



[2944] 日野新撰組集会 Name:伊達 藤五郎 2017/09/01(金) 18:36 
 10月1日(日)に開かれる「日野新撰組集会」後の

懇親会の案内を「会員専用掲示板」に載せました。

会員の皆様、是非参加してください。

尚、懇親会のみの参加も結構です。

お待ちしております。

写真は会場の「新宿アイランドタワー」です。



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