戊辰戦争研究会の掲示板



[3075] 有機農業ー浅田真央 Name:村上久三郎 2018/03/24(土) 14:22 
 浅田真央は「自給自足をしたい」「狩りをしたい」「自然農法をやっている人と結婚したい」らしい。このようなことを言う人を初めて知った。「さすがは真央さん。頂点を上りつめた方」と思う次第。私の故郷とご関係を持たれたら大変ありがたい。自然農法の基本は「温床作り」である。この作り方は体験している。同時に馬耕をやるが、我が生家には農具が全部そろっている。その次に田植えであるが、その前に「ごろかけ」が必要。田んぼに「ごろかけ」で目をつけるのだ。その次に「田植え」となるが、あらかじめ「どこに、お乳の出る奥さんがいるか」を確認しておく。「田植え」と「お乳の出る奥さん」には関係があり、知っている人はいるだろう。稲刈り後は稲をハサバで干す。あとは脱穀精米である。私は自然農法なら何でも体験している。真央さんが、年に一時的に来て下さると有難い。

 昔の文化を大切にし、有機農業をやり、外国人(欧米人、中国人、韓国人など)を沢山呼びたい。長期滞在もできるようにする。目指すは「在郷が100億円稼ぐこと」。

 真央さんと交流できるように努力する予定です。どうなるか見ものです。


[3074] IV 台湾気質 Name:村上久三郎 2018/03/23(金) 22:02 
 昭和25年、朝鮮戦争が始まった。このころから「中国人についてよく知りたい」と思った。しかし、国際政治情勢により、中国人に師事することは不可能だった。
1960年代後半、私は在米台湾人に師事することができた。当時、台湾内部は政治的に複雑だった。恩師は「全米台湾人会」の会長だった。その子分が日本人である私である。不思議に思う人がいたようだ。私はもともと不思議なことをするのが好きなのだろう。いまでも「♪ 子狐 コンコン 山の中・・・」と唄っている。これは「人をだます」のではなく「村にお金が入るように」と願っている。


[3073] III  韓国人気質 Name:村上久三郎 2018/03/23(金) 21:29 
 米国で、私は韓国人の友達数名もってた。彼が車を買った。
韓国人曰く「今度、車を買ったので、今晩、乗せてあげる」と。嬉しかったようだ。
夜になり、エリー湖のほとりを走った。夜のドライブは、いいものです。
それにしても韓国人は、いい人です。

 日本女性にはエリー湖から「絵里子」などと名前を付ける方がいる。帰国後、本人から、そんな話を聞いた。「いい名前だなぁ」と思う。

 明治2年、薩長数名、征韓論を唱えた(明治6年のと別)。そして「大村益次郎暗殺事件」「西南戦争」「富国強兵」「日清戦争」「日露戦争」「日中戦争」「太平洋戦争」。西南戦争以降の戦死者310万人。大井川鉄道に家山駅がある。その西の方に小山あり。その上に石碑あり。戦没者350名の名前が彫られてある。征韓論の後遺症、今も絶えず。「薩長が問われる時が間もなくやってくる」「(大陸)相手は猫ではない。「あぶねぃ。あぶねぃ」。


[3072] II  欧米人気質 Name:村上久三郎 2018/03/23(金) 18:46 
●私はカリフォルニアにあるデズニ―ランドへ行ったが、タッチの差で、閉園時間の後だった。若い青年が「あなたに見せてやろう」と案内してくれた。「さすが」と思った。

●私の知人がスピード違反で警察に捕まった。米国のパトロール車の運転席の右上にはカービン銃が下げてある。

 知人は「トイレに行きたいので急いでいました」と言った。
 警察官が言った「そうか。早く行け。」 

●私は高齢のおばさんの家に住んだ。私が「家賃は?」と聞いたら、「いらないよ」とのこと。ただ、週に一度、紙類を地下へ行って燃やしてくれ。「それとサクランボもぎをしてくれないか」とのこと。「これはいい話だ」と思った。アメリカの古き家の地下には、だるまストーブのようなものがあり、屋根の上まで煙突が立っている。
ストーブの中には、パイロットの火がいつも灯っている。この中に、紙類を投げ入れる。食べ物の残りは、全部細断して流す。生ごみはない。アメリカサクランボはザクザクなる。美味しい。
米国に留学する日本人は、お金があるせいか、自動車を買って通学する。私は「お金がない」から、授業料はただで、生活費をもらった。「お金がない」のは、いいことです。

●米国人は、木を切らない。「木を切るのはかわいそう」と思うからのようだ。
若い女性は裸足で歩道を歩いている人がいる。足の裏を刺激すると健康によいようだ。

●米国の高齢のおばさん曰く「まずは、自分の故郷の歴史文化を分かることだ」。
「知ることではない」「分かることだ」。高齢のお婆さんの言うことは、神様からのお告げのように思う私。故郷の歴史文化に注力しているのはそうした影響かと。


[3071] I 米国人気質ーねずみに学ぶ Name:村上久三郎 2018/03/23(金) 18:18 
 私は、戦後、まだ目のあかないネズミの子・数匹みて感動した。とても可愛いです。
色は淡いピンクです。
 
 ある米国人が、ネズミを見て、可愛いと思った。この方は、耳が大きい可愛いキャラクターを思いついた。やがて、これがディズニーランドに発展してゆく。

 ネズミが大きなビジネスにつながる。私は「可愛い」と思ったが「キャラクター」までは考えつかなかった。さすがは欧米人。目の付けどころが違います。


[3070] 魔が差しました Name:伊達藤五郎 2018/03/23(金) 09:54 
魔が差した、
女性問題や金銭問題でよく聞く言葉です。こういう言葉は聞きたくありません、聞いたところで何も解決しません。
ところが私自身が魔が差してしまいました。
私は、女より酒が好きです。
そういうお酒でも会津や東北のお酒が好きで、幕末に東北や会津に攻めてきた九州や長州のお酒は飲みませんと言い続けて実行してきました。そうやって東北人としての矜持を守り続けました。
ですが私は飲んではいけないお酒を飲んでしまいました。

写真のお酒を買って飲んでしまいました。
せ世間の皆様、申し訳ありません、(でも、うまかった)。



[3069] また会津に行きました。 Name:伊達藤五郎 2018/03/22(木) 19:03 
19日に会津若松市に行きました、居酒屋「麦とろ」から歩いて50メートル走っても50メートルの場所に「図書館」があり、その建物の1階に「会津稽古堂」というステージがありました。ちょうど「アート展」が開かれていて本当の妻と一緒に楽しみました。会津若松市内には「戊辰150年」のポスターが氾濫していました。こういう会場で戊辰研独自の講演会を開けたら、きっと終了後のお酒はおいしいだろうと思いました。(そっちかよー)


[3068] 26 「本家」と「キツネ伝説」 Name:村上久三郎 2018/03/18(日) 21:16 
●集落に120軒あっても、本家をたどると数軒になり少ないです。
「いつ頃、集落ができたか」ですが、集落の神社・祭神をたどると、分かるような気がします。私の故郷集落の祭神は、もともと「こしょうさま」です。ということで、集落ができたのは、奈良時代初期の可能性もあります。
 故郷には、「そのむかし」戦いがあったという口承はないため、そのへんは原生林で、戦いはなかったように思います。ただ、何となく軍事的には天皇の後ろ盾があったように思います。故郷の苗字をたどると、斎藤、菅原、高橋が古るそうです。

●キツネの話を書きましたが、これには蓑かさつけた人間も必要です。「キツネがこの人をだます」という伝説です。ところが生家には蓑が数着しかないため、「蓑のようなもの」を作る必要があります。キツネの「こんこん」と「怪しく光るちょうちん」はほぼできましたが、今度は「蓑」つくりです。

 

 


[3066] 25 鍛冶屋と米国の大学院生 Name:村上久三郎 2018/03/15(木) 21:29 
 日本に鍛冶屋はほとんどなくなりましたが、村上城下町には「鍛冶町」があります。
現在は鍛冶屋はいませんが、鍛冶屋の現場をそのまま残している家が一軒だけあります。昨年、そこの当主さんと直接話しましたが、今は、観光説明だけしています。

 ところで、米国の大学院生に日本の鋳物や鍛冶の歴史を研究されている方がいます。漢字の読み能力はすごいです。日本人には「田舎に文化など、ありゃしない」という人もいる。そう言っている間に、米国人は研究して学位をとり、学術機関に勤務する。賢い人なのだろう。

 私の生家の近くにも戦後まで、鍛冶屋さんがありましたが、今は、ありません。
鍛冶屋も観光資源になると思いますので「ふいご」を作りたいと思いますが、「鍛冶で何をつくるか」が問題ですね。 

 故郷の山の方に、戦国時代、日本最大の金山がありました。この金山を掘るには道具が必要です。そうした道具を作る集落があり、苗字が鍛冶と関係があります。苗字に歴史を感じます。故郷では、直系30p位の「金のボール」をお持ちの家もあるようです。今年は見たいと思いますが、「どう話を持ってゆくか」ですね。京都のあるお寺に、故郷で作った金の扉があるそうですが、これは歴史秘話です。


[3065] 24 村上在郷の民家を世界記憶遺産に嘆願運動 Name:村上久三郎 2018/03/15(木) 10:23 
 電車で帰省する時、つくづく感じることは、村上在郷の家が大きく、清潔、立派だということです。昭和30年代までは、「草屋根」の家が多かったですが、昭和の終わりごろには、殆どの家が建て替えられました。建てたのは、地元の大工さんです。
 村上城下町の北に「門前川」があり、その川の向こうが山辺里(さべり)という集落です。旧朝日村の家が特に立派ですので、私は家主の許可をもらって多くの写真を撮りました。
 
 大工さんたちの作業場を見せて戴いたが、非常に広く観光の目玉になりそうです。今年は、大工さんたちを中心に、「村上在郷の民家を世界記憶遺産に申請しょう」という運動を考えております。

 ただし、昔の家と現代の家の違いは、最近の家には囲炉裏がないです。「家が、すすける」ので囲炉裏を作らなかったようです。もう一つは、最近の家は「総二階にしたため、とても高いです。昔の家は大きく、屋根が低いので、屋根に上っても危険を感じなかったですが、最近のお家は非常に高く、怖いです。これが問題になる可能性があります。少子化で、高い屋根に上る人がいなくなる可能性があるのです。

 


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