戊辰戦争研究会の掲示板



[3000] 夢を企画 Name:村上久三郎 2017/12/13(水) 20:51 
 私設博物館の設立を目指しています。いろいろの展示コーナーがあり、その一つに「戊辰戦争関係」があります。小中高の生徒にもわかりやすい展示物を考えており、そこに戊辰戦争研究会が著作された本を置く予定です。これらを地元の教育関係機関にもアナウンスする予定です。楽しそうですが、難しい点もあります。戊辰を読めない生徒が多いので、どのような名前にするかも課題です。私の印象では、小学時代に見た「剣
舞」もよいのですが、村上には、そのような人はいないように思います。博物館を、できるだけ、 国内に広く知らせる方法を考えています。
 
博物館での展示物

 養蚕関係(富岡製糸場関係の絵画含む。養蚕の師・設楽貞次郎を歩く
      村上在郷の養蚕と絹織り)
 桶(漆塗り桶など多種)と刃物類
 農耕関係(田んぼに関する農具、むしろ織、とみ、みのなど;実演あり)
 幕末武士文化(戊辰戦争関係の本と絵画)
 農民の昔の生活(木舟、桑取りなどの絵画、栃餅の作り方など)
 着物(虫干し)
 繭の花(作り方含む)
 伝説関係(絵画)
 昔のアメリカ生活文化
風景(花と家の写真、在郷の大工の作業場;米国、アイルランドの家など含む)
 個人(他人)の人生行路
絹糸作り(座くり)と綿糸作り(糸車)の実演
  

 
 


[2999] 大阪集会! Name:神保修理 2017/12/11(月) 19:22 
昨日の大阪集会、楽しい一日を過ごしました。
ご参加の皆様、ありがとうございました!
また、お集まりくださいね。



[2998] 夢を企画 Name:村上久三郎 2017/12/11(月) 18:01 
 1970年代の後半のころ、シャープで薄型テレビを3人で企画した。私の最初の夢企画である。当時は、液晶が初期の段階で、カラーはない。カラー化と大画面ができるかどうか、予想もできない夢だった。企画書に線引きをするのであるが、頭では予想できないが、手が動き出した。10か年計画の線引きをした。「スー」と。
液晶と別の技術も候補に考えたが「まずは液晶」と思った。これも当時の予測は極めて困難だった。あれから30余年の今、薄型テレビとディスプレーは世界的に使用されている。

 さて、私の第二の夢は「農村体験観光」である。予定表はほぼできたが、残され課題は「如何にして人を集めるか」である。これは全く予想できないが、それだけに面白い。 詳細は『シャープ日記』に記載する。

昔文化で、非常に難しい一つが「まり作り」である。西条八十の「マリと殿様」があるが、マリが跳ね返るようだ。昔の素材で、跳ね返るマリを作るのは、むずかしい。
いくつか作ったことがあるが、跳ね返らない。液晶以上に難しい。


[2997] 故郷のおじさんたちが作った文化に感銘 Name:村上久三郎 2017/12/08(金) 21:35 
故郷の大工さんが建てた家・・・とにかく立派で美しい。ピカピカ。世
               界記憶遺産になる?山手の方の家は、もっと素晴
               らしいが、熊が出る可能があるので、今年は行けなか
               った。「村上在郷の家はなぜ大きく立派なのか」が不
               思議。村上城下町の北に門前川がある。そこから北に
               入ると、とたんに家が大きく立派になる。

大工さんの作業場・・・ものすごく広く、すごい。

桶屋・・・漆塗りの桶が素晴らしい。


[2996] 故郷のご婦人たちが作った文化に感銘 Name:村上久三郎 2017/12/08(金) 21:16 
 ご婦人たちの作った文化に感銘を受ける。自分たちが考えて、自分のお金で、自分の手で作った文化である。

 世界唯一の大面積の繭・・・どうにかして、米国等の著名大学に知らせようと考え
              ている。畳一枚の大きさがすごい。
 繭の花・・・酒井登巳子先生の花は多分最高。これが日本の文化。
       ノーベル賞に値すると思うが、適当な賞があるかどうか。
       ただ、養蚕と繭の花をやっているのは村上在郷のみ。これも、なんとか
       して世界に広げたい。

       
 木から「ほうづき」を作る木林さん(ご婦人)。本物そっくり。お名前が珍しい。
 
 花の園・・・沢山の写真を撮らせていただいた。花の名前は知らないが、NHKで2回放
       映されたようで、さすがに素晴らしい。

 その昔、歴代村上藩主の袴生地(絹)を織ったご婦人・・・現代人が織るのは難しい
                            とか。

  写真をプリントアウトしてご婦人たちに送ろうとしている。 


[2995] 戊辰研マガジン【第2号】 Name:山本覚馬 2017/12/07(木) 01:04 
戊辰研マガジン【第2号】発刊しました。
どうぞご覧下さい。
これからどんどん記事が増えていく予定です。
私も記事が書きたい!という方は、遠慮なくマガジン画面左サイドの「お問い合せ」にその旨をお申し付け下さい。

https://boshinken.publishers.fm/

このホームページのトップページ画像クリックでもマガジンを開くことが出来ます。



[2994] お知らせ Name:事務局 2017/11/28(火) 17:58 
星先生が、NHK文化センター郡山教室で1/31(水)に一日講座を開催されます。
お近くの方は、ぜひ、ご参加ください。
【お申込み】↓
https://www.nhk-cul.co.jp/school/koriyama/



[2993] 会津、長州共に前へ Name:山本覚馬 2017/11/27(月) 14:54 
会津日新館館長宗像さんが萩市で講演した記事が載っていました。
こちらから出向いて行くことはいいことだと思います。

以下、新聞記事をOCRにてテキスト文字化してみました。
===========================================

会津、長州共に前へ

「歴史踏まえ交流を」

会津若松市の会津藩校日新館長の宗像精(ただし)さん(八四)は二十六日、来年の戊辰戦争開戦百五十年を前に、長州藩のあった山口県萩市で初めて講演した。互いの先人が戦火を交えた歴史的な背景を忘却することはできないとしながらも、力を合わせて日本が世界に誇る成熟した精神文化や平和の尊さ、大切さを国内外に発信していこうと提言した。

戊辰150年

講演テーマは「戊辰百五十年の会津人の思い」。萩市をはじめ山口、下関など山口県内各地から約百五十人が訪れた。「いつまでも恨みを言っても仕方がない。ともに子どもたちの教育に力を注ぎ、日本の将来を考えていきたい」。熱いまなざしで問い掛ける宗像さんの言葉に、松陰神社立志殿に詰め掛けた聴衆はメッセージをかみしめながら聞き入った。
会津藩の家訓、会津藩士の子弟への教え「什(じゆう)の捉(おきて)」を示し、藩の柱をなしていた精神論を説明し、会津藩が戊辰戦争で東軍(旧幕府軍)として西軍(新政府軍)と刃(やいば)を交えなければならなかった背景や理由などに持論を示した。
戊辰戦争から百五十年を経ようとしている今なお、会津地方では長州藩を快く思わない人がいるという背景の説明では、会津藩の領民が戊辰戦争で受けた被害状況を記した資料、会津藩が”賊軍”扱いをされた一九四一(昭和十六)年の教科書などを提示。その上で、「史実やさまざまな感情を考慮すると真の仲直りはなかなか難しいだろう。しかし歴史を踏まえた方が結び付きは一層強くなるはず」と提案して、演壇を降りた。

「思い伝わった」参加者

講演会は会津地方と交流を続けている萩市民の有志団体「長州と会津の友好を考える会」が節目を契機に主催した。代表で医師の山本貞寿さん(七八)は講演終了後、宗像さんとともに記者会見に臨んだ。山本さんは「素晴らしい内容だった。萩市に来てもらって良かった」と笑顔を見せた。
山本さんは幾度となく会津若松市に足を運んで歴史的な経過に理解を深めてきた。双方の本音と建前を熟知しているからこそ、今回の講演会を経ても和解を提案する考えはないという。ただ、「節目を迎える来年以降も会津と交流をしていきたい」と述べ、さまざまな構想を練っていることを明らかにした。
会場に足を運んだ萩市の会社員原田靖子(のぶこ)さん(五八)は「恨みつらみではなく、会津と長州が一緒に前を向いていこうという宗像さんの思いが伝わってきた。本当にいい内容の話だった」感慨深げに語った。

ゆかりの藩士の墓参拝 宗像さん

 宗像さんは講演後、萩市内にある長州藩士の前原一誠と奥平謙輔の墓を訪れ、手を合わせた。
 前原と奥平は会津藩士と交流があった。明治維新後の萩の乱で中心的な役割を担った人物としても知られる。奥平は東京、京都、九州の各帝国大学を歴任した元白虎隊士の山川健次郎を戊争戦争後に書生として預かったとされている。山川は転機をもたらしてくれた奥平への恩を終生忘れなかったという。
 宗像さんは山川健次郎顕彰会の会長を務めている。墓参を終え「長州人が山川を作ってくれた。感謝したい」と感慨無量の面持ちだった。



[2991] 故郷の文化を作ったご婦人たち Name:村上久三郎 2017/11/24(金) 13:39 
 猿沢集落には、神社があり、祭神は女神である。「猿沢で言ってはならぬこと」があるが、現代人は多分知らないと思う。
 猿沢の北に桧原があり、世界でただ一カ所、大面積繭を作っている。これが世界に誇れる日本の文化と思っている。猿沢では「繭の花」が世界に誇れる日本文化。
山辺里では絹織物。これも貴重な文化。大場沢には「花の園」「木からほおづきを作るご婦人」「お寺でのご詠歌」がある。皆ご婦人たち。私はこうしたご婦人たちの文化の写真集をまとめている。「多少でもご婦人たちに利するようであれば」と思っている。
 90歳前後のご婦人たちが元気に畑仕事をしている。許可をいただいて、沢山のお写真を撮った。
 ご婦人たちに限らず、広範囲に写真を撮りました。「村上在郷の美」が該当する展示会などございましたら、写真を20枚位お貸しできますのでご一報ください。

「村上在郷の美(または観光)」の内容。
 日本で有数の山辺里織に関する写真
 蓮の花が沢山咲いている池
 三十三観音様
 睡蓮が沢山咲いている池
 繭の花 
 世界で唯一の大面積の繭(世界でただ一つ)
 漆かき職人(93歳)
 舟ときれいな川  この川の上流に戦国時代。日本最大の金山あり。天正大判は
    
  ここの金で作られたとか。

 私の生家では
 いろり、養蚕小屋、会津会席膳、奥座敷、屋根裏、赤い牛車、多くの桶、村上藩主が
 子供の時読んだ本など

 花の園
 ほおづき作り婦人
 ご詠歌を唱和する日本婦人たち(お寺で)
 炭焼き小屋
 日本の大工の巨大な作業場
 桶作り
 巨大な人工池(日本の石油王・中野寛一が作った池)
 雄大な林と山
 などです。

戊辰戦争関係では
 村上藩主が子供のころ読んだ本の中にある挿絵を拡大し、私が正確に復元した日本画
 隣村で村上藩主が切腹(お墓の写真含む)
 村上藩士の妻と娘が寺に逃げる。薩長の赤い髪の藩士が探す絵(私が描く)
 新発田藩主・藩士が移住した現在の集落
 榎本武揚の揮毫


[2986] 京都集会、無事に終了 Name:神保修理 2017/11/15(水) 20:34 
天気も良く、楽しく充実した京都集会でした。
画像は会員用掲示板にてご覧ください。
「国宝」の金印を30分並んでしっかりと観て来ました。

次回は12月10日(日)の大阪集会です。
大阪城の近辺を散策します。
詳細はまた後程、お待ちください。



91件〜100件(全2,820件)  567810121314       <RSS>    【管理者へ連絡


無料レンタル掲示板 WEBでき