京への入り口
現在、日曜昼にNHKの地上波で「新選組血風録」が再放映されています。来年の大河ドラマは「八重の桜」で幕末の会津と明治初期の京都が舞台になることでしょう。そこで、これからは京都方面の幕末・明治史跡を紹介していこうと思います。
東国から京へ入るには、中仙道と東海道がありますが、どちらで来ても近江の草津宿で合流し、次いで大津宿を通り、日置峠を越え(越すに越され「逢坂の関」がここです。)、三条通を通り、この三条大橋を渡ることになります。
文久2年(1862)12月、会津藩士1000名を引き連れた会津藩主、松平容保も京都守護職に就任すべく、三条大橋の東詰めで京都在住の幕府の役人たちに出迎えられました。これ以後、会津藩士たちは5年間、京で過ごすことになります。
文久3年(1863)2月、江戸から上京してきた浪士組(京に残った浪士たちが、後に新選組となります。)も、元治元年(1864)2月会津からやってきた山本覚馬も、この橋を渡って洛内に入ったことでしょう。
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