戊辰戦争研究会の掲示板



[3096] 【互いの「歴史」尊重】 Name:山本覚馬 2018/04/19(木) 10:53 
本日の「戊辰150年」福島民報記事。
土佐編その3です。

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【互いの「歴史」尊重】

 「会津に足を踏み入れるのには、怖さがあった」。高知市の高知県立高知城歴史博物館長の渡部淳さん(五五)は明かした。
 博物館で開催する特別企画展「明治元年の日本と土佐戊辰戦争それぞれの信義」の準備に向け、二〇一六(平成二十八)年三月に会津若松市を目指した。その際、頭に浮かんだのが高知で耳にした話だった。
 ある時、高知の旅人が福島の片田舎を訪れた。道に迷った旅人は地元の人の案内にあずかった。「どこから来たのか」と尋ねられ、「土佐だ」と答えた途端、血相を変えて鍬(くわ)を振りかざされたー。戊辰戦争でむろい仕打ちを受けた人たちの恨みは色濃く残っているという寓話(ぐうわ)だ。
 「当時は『腹を決めなければ』と本気で思った」。渡部さんは振り返る。

◆時代

 訪問先は会津若松市の県立博物館、三春町歴史民俗資料館、山形県の米沢市上杉博物館などだった。いずれも戊辰戦争時は奥羽越列藩同盟として西軍(新政府軍)に立ち向かった東軍(旧幕府軍)側についた地にある。
 開戦から百五十年という節目を契機に、東北の人々と共に戊辰戦争の意義を考えたいー。特別企画展の開催趣旨を伝え、史料の貸し出しや監修などへの協力を求めた。
 懸念していた各施設の学芸員らの反応は好意的だった。中には「そういう時代になったんですね」と感慨深げに賛意を示す人もいた。一方で戦渦の記録を好ましく思っていない人もいるのは事実で、展示内容は歴史を丹念にたどり、敗者側への心情にも配慮するべきなどといった助言も受けた。
 昨年六月と今年二月にも東北地方を訪れ、会津若松市の西軍墓地、戊辰戦争で戦死した土佐藩士が眠る白河市の長寿院などで土地の人々が戊辰戦争に抱いている思いや捉え方、伝承されている史実などに理解を深めた。併せて関連する史料や書籍を読み解き、特別企画展への足場を固めた。

◆旅の成果凝縮温

特別企画展には、西軍側を「敵」と呼ばれた渡部さんの驚きに端を発した戊辰戦争の痕跡を巡る旅の成果が凝縮されている。「歴史の根深さは否定しない。互いのこだわりを尊重しながら、これからも史実を考えていきたい」。百五十年前に古里を思い、戦火に飛び込んだ先人たちが残した教訓の意義を問い、広める歩みは続く。


明治百五十年特別企画展「明治元年の日本と土佐 戊辰戦争それぞれの信義」
高知県立高知城歴史博物館で5月28日まで開かれている。大政奉還から箱館戦争、会津藩の斗南移封などに至るまでを4章に分け、重要文化財の二条城二の丸御殿障壁画、錦の御旗、奥羽越列藩同盟旗、会津藩家訓、会津藩の降伏式で敷かれた緋毛氈「泣血氈(きゅうけっせん)」など約130点を入れ替えながら展示している。会期中は無休。時間は午前9時(日曜と、29日から5月6日までは午前8時)から午後6時まで。観覧料は高校生以下無料、大学生以上700円。問い合わせは同博物館電話088(871)1600へ。



[3095] VI  故郷の観光ー木切り Name:村上久三郎 2018/04/18(水) 20:20 
 故郷の観光の一つとして「木切り」を考えている。「木切り」には手順があり、これをよく理解していないと「命を落とす」ことがある。体験が大切である。小さい木でも、切った直後にバウンドする場合がある。そのはずみで腹や胸を打ち、命を落とすことがある。私は「木切り」には慣れている。
 木には枝が「ぼきっ」と瞬間に折れるものがある。多分、それを知らない剪定師が年間、そうとう命を落としている。楠は瞬間に折れる木なので、要注意。
 戦後まで、大きい木を切る「木挽(こび)き」がいた。大きいノコギリで切る。

 


[3094] 【「敵」の呼称に衝撃 】 Name:山本覚馬 2018/04/18(水) 11:38 
本日の「戊辰150年」福島民報記事。
土佐編その2です。

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【「敵」の呼称に衝撃 】

 高知市にある高知県立高知城歴史博物館では明治百五十年特別企画展として、「明治元年の日本と土佐 戊辰戦争それぞれの信義」が五月二十八日まで開かれている。
 西軍(新政府軍)、東軍(旧幕府軍)に分かれて戦火を交えた地では、戊辰戦争から一世紀以上を経てもなお歴史の捉え方が異なるー。館長の渡部淳さん(55)が感じた歴史認識を巡る意識の違いが企画の発端になった。

◆忘れられない一言

 戊辰戦争で土佐藩は薩摩、長州両藩と並ぶ西軍の主力を担った。西軍に加わった地では、戊辰戦争は近代日本を切り開く契機になったとする意見が大勢を占める。そうした歴史観は果たして妥当なのか。渡部さんは、ある時を境に疑問を抱き始めた。
 きっかけは数年ほど前の出来事だ。県立高知城歴史博物館の前身、土佐山内家宝物資料館で収蔵していた戊辰戦争時の西軍の象徴「錦の御旗」を貸りたいとの依頼を受けた。福島県内の資料館だったと記憶している。電話口から聞こえた言葉が今も忘れられない。
 「戊辰戦争の開戦から百五十年が近づいてきたので、敵の史料を展示したい」
 「敵」という表現に衝撃を受けた。相手に悪気はない、不意に発した一言だった。それだけに驚きは大きかった。戊辰戦争から一世紀以上を経ても、福島では西軍側を敵と見なしている。思いも寄らない言葉に、戊辰戦争が近代国家づくりの土台になったという視点と違う観点から歴史を考える必要性を痛感した。

◆東北と共に

 「大きな節目に開く特別企画展を通じ、福島をはじめとする東北と、高知の人々が当時を考える意味を問いたい」。会津藩をはじめ東軍に関する史料を併せて展示し、戊辰戦争とは何だったのかを多角的に伝える。東軍側の視点も踏まえ、開催趣旨や展示計画案をまとめた。本県や山形県などから借り受ける史料のリストを作成した。だが、理解を得られるだろうか。不安を拭い切れないまま、渡部さんは二〇一六(平成二十八)年三月、学芸員を伴って一路、北に向かった。最初の訪問地は会津若松市だった。

※高知県立高知城歴史博物館
土佐山内家宝物資料館の収蔵品を受け継ぎ、昨年3月、高知市の高知城近くに開館した。土佐藩主を務めた山内家の資料をはじめ高知県ゆかりの国宝や重要文化財など歴史資料約6万7000点を収蔵・展示している。大政奉還と明治維新150年を記念し、来年1月まで高知県内各地で繰り広げられている「志国高知幕末維新博」のメイン会場の一つとなっている。



[3093] 【謎残す女性の電話】 Name:山本覚馬 2018/04/17(火) 16:42 
本日の「戊辰150年」福島民報記事です。
読みやすいように、OCRにて活字化しました。
参考まで
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【謎残す女性の電話】

 「あの話は幻だったのだろうか・・」 高知市にある県立高知城歴史博物館の館長を務める渡部淳さん(55)は、十年ほど前に受けた一本の電話を気に掛け続けている。
 「戊辰戦争で先祖が会津から持ち帰った水晶が自宅にある」。受話器の向こうで女性が話し始めた。博物館の前身、土佐山内家宝物資料館に勤務していた渡部さんは、あまりに唐突な告白に息をのんだ。

◆西郷家の家宝か

 高知県内に住んでいるという女性の話はこうだ。
 土佐藩士だった先祖が戊辰戦争で会津に赴いた際、会津藩家老だった西郷頼母の家族から水晶を手渡された。「家宝なので大切に保管してほしい」。そう言い添えられたという。頼母の家族は鶴ケ城攻城戦の際、屋敷で自刃した。 先祖は強奪したと誤解されるのを恐れ、所持していることを一切口外
しなかったー。
 女性はついぞ名乗らず、連絡先も告げなかった。改めて連絡するとだけ言い残して電話は切れた。その後、一度も電話はかかってこない。水晶を受け取った土佐藩士とは誰なのか、どのような状況で託され、どんな状態なのか、なぜ今になって告白したのか…。聞きたいことは山ほどあったが、真相は謎のままだ。

◆記録なし
 土佐藩が残した「分捕」の記録に水晶の記述はない。渡部さんによると、西軍薪政府軍)は戊辰戦争時、勝者が敗者の武器や武具などを接収する「分捕」を行った。召し上げた品々を組織的に管理するため、一度集約してから各藩に分配した。
 土佐藩士の戊辰戦争での行動を記録した日誌「東征記」にも、「旗二本」「小銃二十八挺」「弾薬三箱」など戦利品として得た武器類の記述がある。だが、水晶を示すくだりは東征記を含め、他のどの史料にも見当たらない。略奪したと思われるのを恐れた藩士が申告しなかったとすれば、女性の話
と符合する。
 戊辰戦争を巡っては、今なお解き明かされていない史実が多いと、渡部さんは感じている。開戦から百五十年の節目は眠っている史実に光を当て、当時の人々の思いを後世に語り継ぐ好機と捉えている。 耳に残る女性の声は高齢だった。歳月を考えると、今も元気に過でしているだろうか。「歴史を
ひも解くためにも、ぜひ話を聞きたい」と願っている。 戊辰戦争で薩摩、長州の両藩と並んで西軍(新政府軍)の主力をなした土佐藩。幕末の志士をあまた生み出した地で勝者、敗者の歴史を新たな角度から見つめようとする動きが広まっている。

分捕(ぶんどり)
江戸期ごろまでは戦乱時の常とう手段と見なされ、「戦の作法」とも見なされていた。勝者側が敗者側の武器や武具を奪ったり、敗者が勝者に財物などを差し出したりする行為を指す。戊辰戦争時、西軍(新政府軍)も行ったが、 接収した品々は中央に集約後に軍功などに基づいて分配した。軍律の近代化を進める一環として、各藩や個人が直接所有とする行為は禁じた。

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[3092] V 故郷の観光ー歌謡曲 Name:村上久三郎 2018/04/16(月) 19:55 
 観光客にはいろいろの人がいるので、迎える方も、いろいろのことを幅広く知っている必要がある。故郷に歌謡曲歌手がいる。「朝日奈れい」という歌手である。養蚕で知られている「桧原」のご出身である。私は会ったことはないが、実力派である。
 外国人は、日本の着物と演歌にあこがれるので、「歌手を囲む会」のようなものを考えている。中国人と思われる方が、「湯島の白梅」をアップしている。着物姿の日本女性が出てくる。180万人の視聴者で、非常に多い。「サンフランシスコのチャイナタウン」は中国人に喜ばれる歌である。女性歌手が見事に歌っているのがアップされているが、名前が分からない。30万人程度の視聴と思われる。台湾人には「蘇州夜曲」を歌える人が多い。


[3091] IV 故郷の観光ー繭1個の値段は? Name:村上久三郎 2018/04/16(月) 19:08 
 養蚕して、繭を製糸会社に売る方法がある。私の故郷では、それをせず、全部、シルクフラワー作りに使用する。詳細は知らないが、多分、繭1個数百円と思われる。私は養蚕をしているが、「故郷のために、より高く売る方法がないか」と研究しているのである。

 繭を使った芸術品を作れる方が一人いる。推測であるが1個100万円程度と思う。
私はそんな芸術品は作れないので、繭1個、1000円を目指している。現時点では未定である。決め手は外国人である。実現されると、2000個で200万円となる。

 


[3090] 会津の山川健次郎殿のユーチューブご出演! Name:事務局 2018/04/13(金) 18:05 
山川健次郎殿がユーチューブにご出演されておられます。
どうぞ、ご覧くださいませ。
画像は山川殿よりお送り頂いた「会津鶴ヶ城」です。
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花ホテル講演会  会津に人が住んだころ  長尾修
https://www.youtube.com/watch?v=tECkuyIfQ-Y
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以下、山川殿からのコメントです。
ユーチューブ放映内で、「磐梯山の噴火については、
明治21年とそれ以前の和銅元年説がありますが、後者は、
諸説あり定かではありません。」の箇所→和銅ではなく大同に訂正!
なのですが、何故か訂正箇所がカットされています。



[3089] III 故郷の観光ー首都圏での養蚕 Name:村上久三郎 2018/04/08(日) 20:45 
 私は今、首都圏に住んでいるが、昨年の夏、故郷で養蚕をした。卵が2000個くらい生まれたが、今年の4月下旬頃う化するだろと思っていた。ところが、4月1日頃、う化した。首都圏には桑がないので、困ったが、川の土手に1本だけ桑の木が見つかった。古利根川と言う。濁って底が見えないので、深さが分からない。。
 ところが、桑の葉がまだ小さい上に、坂の川べりのため、摘むのが危険である。通る人は私を「不思議なことをやっている」と思うらしく、よく聞かれる。
 泳ぎが得意な私であるが、この時期、川に落ちると寒くて、まずは命はないだろう。そこで、命綱を買ってきた。300キロまで耐える綱だ。一端を腰に巻くのは容易だが、問題は、もう片方をどこに巻くかである。

 もともと、この度の卵は4月中に「どうするか」を考える予定だった。最悪の場合、卵を処理することも考えていた。生まれたての幼虫を餓死させるのは、可愛そうなので、どうにか最後まで面倒を見るつもりである。養蚕の写真は昨年撮ったが、今年も撮っている。福島の伊達の「ひまご」である。「外国人には珍しい写真だろう」と思っていたら、日本人でも蚕を知らない人たちがいる。蚕は今月23日ころ繭を作り始める。


[3088] II  故郷の観光ー新しい価値観の世界 Name:村上久三郎 2018/04/07(土) 18:14 
 故郷に住む場合の収入を検討してきました。農作業で食物は作るが、できれば、年100万円程度の副収入が欲しい。そこで「手で作るものを外国に売るルート」を考えてきましたが、その目処がつきました。万事うまくいっている。
 
 都会の女性で「現代社会を疑問視し、あきた」という方や「軽いウツ」になっている人を集めたいと思う。川で木舟をこぎ、カジカを取る。川原でハンゴを炊いて、ご飯を食べる。美しく安全な地域をサイクリングする。知らない人でも会ったら「こんにちは」と挨拶する。「3日もすれば、どんなウツでも治る」と思う。この種の試みは初めて
まずは女性から。

ガツガツ働く社会でなく、11月から3月末の5か月は休みとする社会を考えている。
5か月間は休みとする。この間、観光客を多く呼ぶ方法を考える。目指すは「楽しくてしょうがない社会」だ。

 


[3087] ザ・戊辰研マガジン第6号を発刊致しました。 Name:山本覚馬 2018/04/07(土) 00:34 
今年が戊辰150年の年ということもあるのかも知れませんが、このマガジンを何百人という驚くほど多くの方が閲覧されています。とてもありがたく思います。さらに愛されるマガジンになるよう編集者一同努力してまいりますので、これからも何卒ご愛読の程お願い申し上げます。

今月第6号の表紙は、岡山県備中吹屋の街並みを参勤交代が高速で駆け抜けるといった場面を描いてみました。詳細は記事にしてあります。

4月に入り各地で桜の便りが届きます。今年の桜の開花は例年より相当早く、すでに散ったところもあればこれから満開を迎えるところもあります。当マガジンは散ることはなく、いつも満開です。
好きな時、好きな場所で見ることが出来ます。どうぞ目を見開いてじっくりとご覧ください。

https://boshinken.publishers.fm/



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